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不眠症

・今日、本邦における約5人に1人が睡眠に関する問題を抱えていると報告されています。睡眠障害の中でも不眠症状はその中心であります。厚生労働省が全国の3歳〜99歳の約6500名を対象に行った睡眠に関する調査によると、睡眠に関する問題で困った経験をもつ人は女性約40%、男性約30%、全体で約36%、また現在睡眠に関する問題を抱えて困っている人は女性約20%、男性約19%、全体で19.6%と報告されています。また、この中で悩みが1ヶ月以上持続している人は約12%と、10人に1人が長期の不眠で悩んでいることも報告されています。
・24時間型の生活リズムや多忙でストレスの多い現代社会を反映し、不眠症状を訴える人口は増加傾向にあり、加えて不眠症状が出現しやすい高齢者人口が増加していることなどを考慮すると、今後、不眠症状は生活習慣病に近いより一般的なものとなってゆくとおもわれます。従って、不眠に対しての対応・治療の重要性が高まることが必然のように思われますが、このページでは不眠症の症状、原因、薬物療法などについて説明させていただきます。

不眠とは
実際の睡眠時間の長短に関わらず、睡眠に対する不足感を訴え、身体的、精神的、社会的に支障を来している状態です
睡眠障害国際分類ICSD2(下記)では、” 睡眠の開始・持続や質に繰り返し障害が認められ、眠る機会が適当であるにもかかわらず、睡眠に対する身体・精神・社会的支障が発生し、その結果日常生活に障害がもたらされている状態 ” と定義されています

ICSD2(睡眠障害国際分類)における全般性不眠症の診断基準
A. 睡眠の質や維持に関する訴えがある
B. 適切な睡眠衛生下において生じている
C. 以下の日中の機能障害が最低1つ認められる
・倦怠感あるいは不定愁訴
・集中力、注意、記憶の障害
・社会機能の低下
・気分の障害あるいは焦燥感
・日中の眠気
・動悸、意欲の障害
・仕事中、運転中のミスや事故の危険
・睡眠不足に伴う緊張、頭痛、消化器症状
・睡眠に対する不安

不眠の原因
不眠症の原因は原発性、身体疾患、精神疾患、薬物に伴うものなどがあり、臨床の場面では簡潔に5つに分けて考えられています。

1.身体的原因;糖尿病、高血圧、前立腺肥大、慢性閉塞性肺疾患、アトピー性皮膚炎などに伴う
2.生理的原因;時差ぼけや交代勤務(生体時計同士もしくは、生体時計と社会的外部環境(時刻)のずれ)、加齢
3.精神疾患;感情障害、統合失調症、不安性障害などに伴うもの
4.心理的原因;不安など心理的葛藤が原因となっているもの
5.薬理学的原因;降圧剤、ステロイド薬、甲状腺剤、喘息治療薬、アルコール、カフェイン等
これらの原因を考慮しながら不眠症状の治療にあたります。
不眠症状を来している場合、上記した項目に原因があったりはしませんか?
上記したもの加えて、最近では仕事や生活のストレス、不適切な睡眠習慣(パソコン、TVの画面を就床直前まで見ている、コンビニエンスストアなどで明るい光を寝る間際に浴びている、遅い時間までの残業や、就寝直前まで仕事をしているなど)が不眠の原因になっているケースが増加しています。

不眠の症状による分類
不眠症は症状によって大きく4つに分けることができます。

入眠障害:夜なかなか寝付くことができず、入眠するのに普段より2時間以上かかる状態です。
入眠障害は(不眠症以外にも)統合失調症や躁病、不安障害などの精神疾患に伴うことも多いため、精神症状の有無を確認することが必要になります。
中途覚醒:いったん寝付いた後で夜中に2回以上目が覚める、途中で目が覚めた後に寝付けないといった症状です。
 特に、中年以降の男性において中途覚醒は睡眠時無呼吸症候群の主症状であり、中途覚醒以外にはいびき、起床時の倦怠感、日中の眠気を訴えることが多くみられます。(詳細は当サイトの睡眠時無呼吸症候群のページをご参照下さい)

 睡眠時無呼吸症候群に気が付かず、中間型・長時間作用型睡眠薬を服薬してしまった場合、それらの薬剤は呼吸抑制を促進し、無(低)呼吸状態を悪化させてしまうため十分な注意が必要です。
 (当院では、睡眠時無呼吸症候群をスクリーニングするための、簡易検査が可能です。測定器をご自宅にお持ち帰りいただき検査します)
 
smart watchの図


早朝覚醒:朝、普段よりも2時間以上早く目が覚めてしまって、覚醒後に再入眠できないという症状です。うつ病に伴うことが多くの例でみられます。
 従って、早朝覚醒を認めた場合には、起床時の落ち込み(抑うつ気分)、日中の意欲低下、制止症状(頭の回転が遅くなっている、集中できない)などが存在していないかを確認する必要があります。
熟眠障害;ぐっすり眠れない、眠りが浅くて眠った感じを得られないという症状です。加齢によるものや、ストレス、睡眠時無呼吸症候群、精神疾患などでみられます。

不眠症分類
ICSD2(睡眠障害国際分類)では不眠症を下記のように分類しています。

・精神性理性不眠症;最も一般的な不眠症です。本邦では不眠症の15%を占めています。心理的、慢性的な不眠症で精神症状は伴いません。(詳細は当サイトの精神生理性不眠症のページをご参照下さい)


・逆説性不眠症;不眠となるような確かな要因は無いものの深刻な不眠感の訴えが続くものです。睡眠の客観的指標(例えば、睡眠脳波検査で測定したデータ)よりも睡眠に関する自己評価の方が低いことが問題となります。(例;客観的には十分に眠れているのに、眠れていないと思い込んでしまっているなど)

・特発性不眠症;はっきりとした要因は見当たらないが子供の頃から(現在に至るまで)長期間にわたり持続する不眠症です。現在のところ、この疾患の原因は明確になっていません。

・適応障害性不眠症;明確なストレス要因により生じ、要因がなくなると不眠も解消する短期間の不眠症。

・睡眠衛生(睡眠の為の生活習慣)が不適切な場合
・小児の行動性不眠症
・その他;薬剤による不眠症、身体疾患による不眠症

不眠の影響
不眠症や睡眠不足による影響としてよく知られているものを挙げました。

高血糖;睡眠不足が続くと過食、高血糖、耐糖能低下を来す可能性があります。不眠があるものは無いものに比較し、糖尿病発症のリスクが1.5倍高まると報告されています。
高血圧;不眠があるものは無いものに比較し、高血圧発症のリスクが1.8倍高まると報告されています。不眠症ではノルアドレナリンが高値であると報告されています。
うつ病;一年間不眠症が改善しなかった場合、うつ病発症のリスクが40倍に高まるとの報告があります。不眠がうつ病の原因になっている、不眠がうつ病の前駆症状である可能性、不眠とうつ病発症に共通した要因がある可能性などが指摘されています。

不眠症状による睡眠薬の使い分け
 一般的な不眠症(不眠症状以外に精神症状や物質・物理的原因を認めないもの)に対する睡眠薬の使い方について説明します。

睡眠薬は一般的に作用時間により1.超短時間型 2.短時間型 3.中間型 4.長時間型の4つに分類されます。作用時間は基本的に血中濃度半減期により規定されていますが、代謝産物活性の動態も考慮されています。睡眠薬の特徴をまとめました(表1)。

睡眠薬の特徴の図

  超短時間作用型は睡眠導入剤とも呼ばれているものであり、効果出現が早く切れるのも早い薬剤でありますが、弱い薬剤ではありません。同様に、長時間作用型睡眠薬が強い薬剤というわけではありません。
 超短時間型や短時間型作用型は睡眠導入に適しており、翌日の持ち効果が出現しにくいことが多いことが特徴です。逆に、長時間作用型の睡眠薬は、起床しにくさや日中の眠気といった持ち越し効果が出現するとこが多く、寝付きの悪さだけを問題とするケースにはあまり向きません。
 睡眠薬は、睡眠薬の作用時間と不眠症状・睡眠の質を照らし合わせながら、投与することが望ましいと思われます。また、睡眠薬の効果は個人差が大きいため、投与後の効果を注意深く観察しながら、薬剤の種類や投与量を調整してゆく必要があります。
高齢者に対する睡眠薬の選択】  高齢者に睡眠薬を用いる場合には、1.長時間作用型睡眠薬を避ける;日中の覚醒レベルを下げる可能性が高い、転倒の危険性が高い、2.筋弛緩作用の強い睡眠薬を避ける、といったことに注意する必要があります。
 従って選択肢としては、1.超短時間・短時間作用型睡眠薬を選択し少量にとどめること、2.ゾピクロン(アモバン)、ゾルピデム(マイスリー)などの筋弛緩作用の弱い薬剤(ω1選択性の睡眠薬)は選択肢の上位に挙げられています、3.睡眠薬を使うリスクが高い場合にはラメルテオン(ロゼレム)の投与を考えます。高齢者においてはメラトニン分泌が低下しており、また認知機能の面でもメラトニンが有効である可能性が指摘されています。安全性と利点を考慮すると、高齢者の不眠に対しては、今後メラトニン受容体作用薬が第一選択になる可能性もあります。

薬剤を使わない方法
薬剤を使わず不眠症に対処する方法は、睡眠衛生や刺激調整法、刺激調整法などあります。(詳細は当サイトの精神生理性不眠症のページをご参照下さい)
薬剤を用いずに不眠症状を完治することは難しい場合もありますが、薬剤を用いる前に正しい睡眠の習慣が守られていることが前提となります。
良い睡眠のための習慣

刺激調整法

離脱法−睡眠薬のやめ方
 睡眠薬の中止は不眠が改善されて1ヶ月以上経過していること、薬物を中止することに不安がないことを確認する必要がありますが、それには正しい睡眠習慣の獲得が基盤となります。反対に、睡眠衛生や生活習慣の改善なしに安易に薬物を中断することは危険を伴います。薬物を中止するには不眠恐怖の再燃に注意しながら、数週間かけて漸減してゆくことが理想的です。
 超短時間・短時間作用型睡眠薬を中止する場合は漸減法を用います(図1)。2−4週間かけて1/4ずつ睡眠薬を減らしてゆき、4−8週以上かけて中止する方法です。減量により不眠の再燃や増悪を認めた場合、減量前の用量に戻し最低1ヶ月間経過を観察し再施行を試みます。
 漸減法がうまく行かない場合には、一旦半減期の長い睡眠薬に置き換えた後(置換法−図1)漸減を検討する方法もあります。
 中間型・長時間作用型では漸減法で睡眠薬を減らした後に隔日法を用いることもあります。(図1)半減期の長い薬物では血中濃度が緩徐に低下するため反跳性不眠や退薬症候が生じにくく、睡眠薬を服用しない日を設定しその間隔を延ばしてゆく方法を用いやすくなります。
睡眠薬の中止法